大イベントに携わる責任とその達成感

取材支援は、私が入社を希望する理由となった部署です。

就職活動中の私はある日、教授から「君のような活発な人を募集している会社がある」といわれ、そこで読売システックを知りました。
会社説明会で、オリンピック・パラリンピックの現場で仕事をしている先輩からの話を聞くうちに、この職場で働きたいと強く思いすぐに採用面接に応募しました。
入社後、最初に担当したイベントは年始恒例の「箱根駅伝」でした。「箱根駅伝」では、選手が襷を繋ぐ「中継所」と言われる場所に記録員として待機します。私は小田原中継所で選手の順位、タイムを本社に速報として伝えました。今までテレビで見ていた「箱根駅伝」に仕事で関われた事に感激しました。

取材支援の日常業務として一番多いのは、読売新聞カメラマンからの問い合わせ対応です。パソコンやシステムで不具合があれば症状を確認、原因を特定し、解決します。新聞の締め切り時間間際には、カメラマンと現場に同行して写真送稿のサポートをする「取材同行」を行っています。データ通信が輻輳した場合や、パソコンの故障など、あらゆる場面を想定し機材を準備します。トラブル時はその場で考え、臨機応変に対応する能力も必要になります。自分が現場から送稿した写真が翌日の読売新聞に掲載されていると嬉しく、毎回緊張しますが、そこにやりがいを感じます。

数々の現場を経験してきた中で最も印象に残っているのは、サッカーの「FIFAクラブワールドカップ」です。ゴールの横から撮影しているカメラマンの傍で待機し写真送稿のサポートを行います。会場の熱気を肌で感じつつ、試合中はサポートで忙しく選手を見る余裕はありませんが、ふと顔を上げた時に有名な選手のドリブルを目の前で見られた時は興奮しました。

他社では得られないかけがえのない経験

私が一番成長を実感したのは「2018年平昌冬季オリンピック」です。
入社当初から目標としていたオリンピックの担当になるまでに7年かかりました。
その7年間は電話サポートや取材同行を通して、記者・カメラマンの仕事を理解し信頼関係を築くこと、自らの技術力を向上させることに注力しました。

オリンピックは本番の1年以上前から準備をします。その中で世界中のメディアが韓国・平昌に集まる会議に参加しました。公私ともに初の海外渡航で多くの不安がありましたが、周りの人の助けもあり、世界中の人と交流ができました。本番1か月前に再び韓国へ渡航し、現地での準備が始まります。各競技会場にLANケーブル敷設、カメラを設置する作業では海外通信社の技術スタッフと一緒に作業を行い、最新の機材や技術を間近で見て学ぶことができました。開会後は日本人選手が出場する競技会場に行き、カメラマンの写真送稿サポートを行います。大会期間中は新聞の締切り時間間際での作業で緊張の毎日でしたが、何が起きるか事前に予測して準備を行う力や、何が起きても臨機応変に対応する力がさらに身に付きました。また、フィギュアスケートの羽生選手やスピードスケートの高木選手の金メダルを獲得した瞬間を間近で見ることができ、かけがえのない経験を得ることができました。

やりがいと生きがい、そして大切な仲間と

世界的なイベントで活躍ができる
限られた人数しか担当になる事ができませんが、現地での感動や終わった後の達成感は言葉では言い表せないものがあります。

休みが取りやすい
妻が妊娠中の時は平日に休みを取得して検診に付き添うことができました。出産の際には予定日から数週間早まったにも関わらず休ませてもらい、出産に立ち会うことができました。
交代勤務のため周りの部員への気遣いは必要ですが、基本的に希望した日に休めるので感謝しています。

みんな仲がいい
先輩後輩関係なく社員同士の仲がいいです。私自身、先輩と二人で釣りをしに行ったり、同期の実家に遊びに行ったり。プライベートでも仲良くしていただいています。
仕事とプライベートは分けつつも、普段から接しているので仕事の相談がしやすく風通しは良いと感じています。

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