この会社を選んだ「動機」、「きっかけ」を教えてください

最近は「新卒就職イージーモード」なんて言われていますが、羨ましい限りですね。私が入社した2003年は「就職氷河期」と言われた時代でした。(若い皆さんには死語かも知れません)親や周りの大人からも「ちゃんとした会社であれば、どこでも良いから就職してくれ!就職できなくなるぞ!」と、脅かされました。そんな中、学校就職説明会で来校した読売システック(当時は東京読売サービス)の採用担当者から、「システックは今後、読売新聞社から多くの仕事を受託し、新聞社のいろんな仕事ができるよ。」と聞いたことを思い出します。新聞関係の技術系社員と言われても、うん???読売新聞?ジャイアンツ?よみうりランド・・・・後はまったくピンときません。が、何といっても「就職氷河期」、今ほど多くの技術系、IT系の就職先があった訳ではありません。「百聞は一見にしかず」(といっても頭から???が飛び出しそうな状態のまま・・・)で会社見学に行くと、結構社内は活気があり、みんなのびのびと仕事しているんですね。これが。何となく自分の性格にあっているみたいだし!おもしろそうじゃん!落ちてダメ元で当然じゃん!そんな気持ちで読売システックの試験を受けたところ、入社することができました。

入社してから現在に至るまでの経験(ターニングポイント)を教えてください

入社した年に社内の組織改編があり「パソコンサポート」「取材支援」「業務情報」の3つの部署に分かれました。職場案内は別のページにあるので割愛。私は「取材支援」に所属しました。これまでの職場経歴の中でも一番長く、色々な体験をしました。特に印象深いのは2011年3月11日に発生した東日本大震災です。私は発生4日目に現地入りしました。それまでいろいろな被災地で読売本社の記者やカメラマンへの取材支援活動をしましたが、その時ほど、広範囲でライフラインが破壊された災害は体験したことがありませんでした。停電になるとテレビやパソコン、スマホなどから情報は入ってきません。唯一の情報収集手段はラジオですが、いずれ電池がなくなれば使えなくなります。その点新聞は現地へ運ぶことさえできれば、その地域の情報を読者は得ることができます。何度でも、何人でも、読むことができるので、情報を聞き逃す事もありません。速報性の観点では新聞が他媒体に劣ると言われて久しい昨今ですが、私はこの時の経験から、新聞を発行するという社会的な意義と重要性を痛感しました。

これからの目標を教えて下さい

今は「システム監視本部」に所属しています。新聞社のサーバー管理・保守などのシステムの心臓部にあたる仕事です。システムトラブルやミスで新聞が発行できないなんてことになったら、他紙の新聞ネタになる~なんて冗談言っているどころではありません。常に新聞の締め切り時間を意識しながら、トラブルなく運用するのは結構大変ですがその分やりがいもあります。新聞社のシステムは多種多様で、それを動かすためには多くのサーバーが必要となります。皆さんは、広大なサーバールームに膨大な数のサーバーが設置されているイメージを描くと思いますが、それは一昔前の話。今は仮想マシンやクラウドコンピューターを利用しているため、設置している実機の数はそれほど多くないのです。今はそれらが主流ですが、この先どんな技術が出てくるかわかりません。だからと言ってこれらを生業とする我々が最新の技術を分からない様では、プロの技術者とは言えません。日進月歩で進んでいく技術に取り残されない様、今後も勉強し続けようと思っています。最初は軽い気持ちで入った会社ですが・・・。
まだまだやることはたくさんあります。仕事なんて何かの縁です。よかったら是非いっしょに仕事しませんか。

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